テレビ番組「働くおじさん」は私の世代では有名な教育番組だったのだが。
「その社会見学は、「労働の現場」は教えても、「働かせるおじさん」の側について解説することは決してありませんでした。本当は「働くおじさん」と「働かせるおじさん」が対になって会社組織が成り立っているわけですが、取り上げられるのはいつも「働くおじさん」ばかり。そして、技術とかモノ造りを賛美して、子供に労働者になることの素晴らしさを教える番組が毎週放映されていました。」
これは今も大して変わらない。「プロジェクトX」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」も現場やモノ作りの尊さばかりを取り上げる。経営の視点というのはしばしば悪者だ。著者は学校とは国家の政策と企業の成長に奉仕する労働者の養成機関であるという本質を改めて指摘している。
「学校の教師は、労働者としての道を歩むのに必要な情報を提供はしても、お金持ちになるための情報は提供しませんし、またそのノウハウも持ち合わせていません。彼らが提供するのは、すでに色褪せて、今はもう期限切れで使えなくなった学歴という成功への切符だけです。なぜなら、教師自身が、労働者であり、お金持ちになるための勉強をしてこなかったからです。」
面白い本だなと思う。
フリーターや派遣労働者の問題を本当に解決するのは、経済支援や職業教育ではなくて、こういうお金の教育かもしれない。
現在、日本という惑星にいる。平均的西洋人にとっていろんな意味で衝撃的経験ができる場所だ。たとえば日本には緑色のキット・カットが売られている。ただ緑色にコーティングされているのではない。チョコそのものが緑色なのだ(抹茶味のキット・カットを指す)!そして有名なトイレも。日本では、床にしゃがんでするトイレと最新型のハイテクトイレの両方を体験できる。最近では人が近づくのを感知すると自動的に便座のフタが上がる便器さえ登場しているのだ。
さらに日本のテレビ番組。あまりにもくだらない。バラエティ番組では奇抜な服を着たタレントたちがスタジオのひな壇に座り、つねに大げさな動きをしている。タレントたちは残酷でくだらない命令に体を張って従い、笑いをとろうと必死だ。グルメ番組も多い。やたらと食べ、食べ物に関する質問に答え、食べ物を見せる。日本のテレビ番組の90%がこんな感じだ。
しかし、実際に外を歩いている日本人は全く違う。礼儀正しくて親切すぎるほど。もしも、あなたが路上で彼らに道をたずねたら、それが知らない場所でも相手はスマートホンを駆使して探してくれる。それでもわからない場合は、ほかの誰かに電話して聞いてくれる。それでもだめだったら……、日本人は本当に申し訳なさそうにその場を去るのだが、その姿を見たあなたは親切な日本人に恥をかかせてしまったことに対して罪悪感を抱いてしまうだろう。
74 名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/12/14(金) 09:23:35
「金持ちは金のないフリをする。貧乏人は金のあるフリをするから気をつけろ」
とおばあちゃんが言っていました。
81 名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/12/23(日) 04:20:22
»74
たしかにこれは、俺がある一定以上の収入になった時にはじめてわかった。
金持ちには金持ち同士だけの付き合いがあるのだという事を。
その付き合いの中に入れて初めて仕事に関しての有利な情報や有能な人を紹介してもらえるようになり
金が金を呼ぶ状況になれるという事を。
金持ちは口には出さないが決して貧乏人とは付き合わないという事を。
「人間、心だ。貧乏なんて関係ない」というのは決まって貧乏人の方だという事を。
だから俺も仲間内以外のところでは金のない振りをしている。
精神年齢が低い人の特徴は、自分の感情をコントロールできてないこと。さらにいえば、コントロールできるなんてことを知らないし、たとえ知っていてもコントロールしようとしない人。彼らは「自分が抱く感情は正しい」と信じている。
忘れがちなあなたに代わって、私が、ここにメモをしておく。
- 自分を低く見積もらないこと。
- 自分を卑下しないこと。
-
過去の自分を後悔ばかりして、今に繋がる自分を否定しないこと。
- 終わりを自分で決めつけないこと。
- 悲観で未来を描かないこと。
そ
ういった感情が、いかなる幸福をも生み出さないことを、肝に銘じておくように。
何時も、遊び心を忘れないように。
自分をちゃんと褒めるよ
うに。
これらは、私からの補足としてのメモ。
10代の頃、すべてに絶望して何もかも捨て去ってみようとしたことがある。そうしたら、どうしても捨てられない3つのものが残った。哲学と文学と計算機だった。
哲学とは、思考すること。知を求めること。
文学とは、言葉と物語を慈しむこと。
計算機──コンピュータは、自分が自由であるための大事なパートナー。